脂肪吸引体験談[3]
2008年1月29日 美容・ダイエット・薬■ナース(あるいは単なる事務屋)とのやりとり
半個室状態の待ち合い室。
ナース(あるいはナースのコスプレをした事務スタッフ)は二十代が多いと思われた。
しかし、ここで現れたのは三十代半ばくらいの人。
きっとこのクリニックではベテランの粋だろう。
「二の腕と脇ですよね。脇は、前面ですか? 後面ですか?」
「え? 別なんですか?」
「ええ、どちらかになりますね」
診察室ではそんなことは聞いてない。
前+後ろをやるとなったら倍の額がかかると言う。
ちょっと不信感を持った。
「気になる方はどちらですか?」
私は、「気をつけをしたときに胸のあたりからはみ出る肉を取りたい」ということを伝えた。
「じゃあ前面ですね。あ、そのセーター、もしかしたら包帯を巻くから着て帰れないかも知れないけれど大丈夫かしら」
「そんなに包帯を巻くんですか?」
「うん、分厚いガーゼをあててきつく巻くのね。しっかり固定しないといけないのよ。苦しいけれど、二、三日そうやって固定しないとよけいに浮腫んじゃうの」
ロングのコートを着ていたので、セーターを着れなかった場合、最悪包帯の上に直接コートを着て帰ることになりそうだった。
今は真冬。
しかし、別の服を着て別の日に来ることは面倒だったので、承諾。
それに、このスタッフの対応も良かったので、まぁいいや、と思えた。
「前にあてて、袖を後ろでしばってコートを着る(石田純一がやってるような“プロデューサー巻き”の逆)、とかすれば少しは寒さをしのげるかも」とか、いろんな提案をしてくれたのだ。
その他も、手順などていねいに説明をしてくれた。
問診票を見ながら飲んでいる薬について聞かれたので、ついでに「アスピリンはダメです」と強く伝えた。
鎮痛剤は絶対使う、と思ったからだ。
問診にも書き、診察室でドクターに言い、ここでも言った。
「アスピリン飲んだら吐きます」
手術は別のフロアになる、とのことで、その案内をするからもう少し待ってくれ、と言われた。
お手洗いをすませておいてくださいね、とも。
私はお手洗いに行き、待ち合いに戻って壁に貼ってある美容整形の「前」「後」の写真を眺めて待った。
二重やしわ取り、豊胸など、どれもすごい変化だ。
仕事柄、写真に手を加えたもの(合成など)は見てわかる。
多少の加工はあるだろうが、ほとんどほんものだろうと思った。
全身の脂肪吸引をした女性の水着写真の二の腕の変化があまりなかったのもなんとなく信用できた。
劇的に細く加工した写真が載っていたら、それは嘘だろう、と思っていたと思う。
名前を呼ばれた。
あれ、さっきの番号札は?
応えると、何だかぶすったれたおねーちゃんが出てきた。
二十代半ばくらいで、きれいな人だが、しかし愛想が無い。
「お会計が先になりますので」
そう言うと、受付のカウンターに案内された。
「手術承諾書(同意書?)」を二枚渡され、サインと、印鑑がなければ拇印を、と言われ、朱肉を差し出された。
一通り目を通してからサインをした。
そして、人さし指を朱肉につける。
「ありがとうございまーす」
えーっと、拭くものくれないかしら。
そこにティッシュあるでしょう?
でもなんか言うのは悔しいのでバックからわざとらしくポケットティッシュを取り出し、目の前で拭いてやった。
ぶすったれは、気がきかないことを何も恥じていないようだった。
クレジットカードで支払った。
ひとまず一括で払い、あとから分割かリボに切り替えることにした。
そういう支払い方ができるカードでよかった、と思った。
「病院の方へ案内しまーす」
ぶすったれと一緒にエレベータに乗った。
■フロア移動
「こちらで靴を脱いでください」
そういうと、ぶすったれは白いビニール袋を差し出した。
ちょっと待ってくれ、こっちはブーツだ。
しかも、手にはバッグとコートを持っている。
椅子も無しに脱げ、ビニールに入れろだと?
さっきのベテランさんだったらきっと荷物を持ってくれるか何かしただろうな、と思った。
仕方が無いので、がんばってブーツを脱いで、ビニールに入れた。
それも、パンプスなら入るだろうが、ブーツなのでもうぎゅうぎゅうだ。
「お願いしまーす」
ぶすったれは語尾をのばしそう言い、フロアにいたナース(これはほんものだろう)にファイルを渡していた。
そして、さっさと帰っていった。
他の人の対応が良かっただけに、このぶすったれはほんとうに残念だった。
いくらきれいでも、心がきれいじゃないとまったく美しくない。
■オペ準備
オペ室に通された。
中央に手術台がある。
上には、歯医者のようにアームで角度や場所を調節できるライトがあった。
手術の経験は、三歳までさかのぼらないとないので、他と比べようがないが、イメージしていたよりも「普通の部屋」という感じだ。
厳重な扉があるわけでも、ひんやり暗いようなものでもない。
鍵も、つまみをひねって閉めるだけの簡単なものだった。
ショッピングセンターなんかでかかっているような、歌のない静かな音楽が小さい音で流れていた。
有線だろう。
「お荷物そこのカゴに置いて、上だけ脱いでこれに着替えてくださいね。下はそのままで結構ですよ。それから、このキャップをかぶってください」
「はい」
「あ、マニキュアしてますねぇ。じゃ、靴下も脱いでください。血圧測ったり、爪の色を見たりしたいんでね。足でも大丈夫ですからね。着替え終わったら台に座って待っててください」
カゴは、風呂場に置くような、キャスターつきの、二段になっている物だった。
上にバッグとコートと脱いだものを、下にブーツと靴下を置いた。
手術着は、前びらきのよくあるかたちのものだったが、違うのが、袖につけられたスナップ。
5、6個ついていて、手術のときはそれをひらくのだろう、と思った。
キャップは、食品工場やなんかで使うようなものだった。
どちらもブルー系統の色。
着替えが終わった頃、ナースがノックをしてから入ってきた。
よく見ていなかったが、計三人は出入りしていたと思う。
少なくとも二人はいた。
彼女らがサポートとして加わるのだろう。
機械やら生理食塩水のパックやらの準備をしている人と、私に色々聞いたり説明をする人がいた。
麻酔のパッチテストを、左腕の、やや手首よりのところに一カ所。
「ぷくっとなってるところ触らないでくださいね。麻酔のテストですから」
「はい」
「お薬のアレルギーは無いですか?」
「いや、アスピリンって伝えてあると思うんですが…」
「あ、はいはい。炎症をおさえるお薬と一緒に鎮痛剤も出しますからね。アスピリンじゃないのにしましょう」
いったい何度言えばよいのだろう…。
私は呆れた。
私の場合、「吐く」だけだからいいけれど、命に関わるような発作が出てしまう人だったらどうするんだろう。
思い切って、薬の指定をすることにした。
「ロキソニンはありますか?」
「えーとね、ロキソニンはないけどロブならあるわ。それにしましょうね」
よし、ロブはロキソニンと同じ成分だから大丈夫だ。
話が通じるナースで良かった。
さっきの質問は、きっと書いてあることの確認のためだったのだろう。
そう思い込むことにした。
なぜかデジカメが持ち込まれた。
コンパクトデジカメだが、かなり旧式(少なくとも五年以上前のモデル)だということが一見してわかった。
「お写真撮らせてくださいね」
え、何?
事態が飲み込めずぽかーんとしているところに、さっさと腕のスナップをはずしていくナース。
肩までたくしあげると、カメラを構えた。
右、左、正面、後ろの計四枚撮影。
何かの証拠写真だろうか。
しかし「写真撮影あります」なんて聞いていなかったからビビった。
嫌だとかそういうんじゃなくて、そのデータもらえないかな、とふと思った。
今までこの太い腕は何よりのコンプレックスだったのだ。
そんなものがむき出しになっている写真なんて、あるはずがない。
参考資料として、私も欲しい。
「じゃ、このあと先生にマーキングをしてもらいますからね」
ナースがスナップをつけ直した。
脂肪のつき具合や、どこを取るかを決めるのだろう。
やがて、先程のドクターが入ってきた。
ナースが腕のスナップをはずしていく。
さっき止めなくてもよかったのに。
「こうやってつまめるところが脂肪ね。これがだいたい半分くらいになります」
半分か。もうちょっと取れないもんかね。
「肘のしわの部分からと、脇の、背中側の付け根あたりから入れて取ります。肘の方は目立たないと思うよ」
肘は、ね。
まぁいいや。
ドクターは、紫色のサインペンで腕に何本も筋を書いていった。
くすぐったいという感覚が少しだけあったが、緊張のため、それはすぐに曖昧なものになった。
「脇もだよね」といいながら脇のうしろの肉をつまむドクター。
「さっき前って言ったんですけど…」
「え? 前? 前はそんなに取るところないよ?」
「そうですか?」
「うん、だって、つまんでごらん? これしかないでしょう? よっぽど太ってる人なら前も取ることあるけど、普通は後ろだよ。後ろのたるんでくるところ」
そういえばさっき診察室でこのドクターが言っていたな。
「三十代になるとだんだん脂肪が下垂してきて、そうなったらもう吸引しても遅いんだ」と。
なるほど、前より後ろの方が下垂しやすいし、後ろの方が取るところはたくさんある。
「どうしても、って言うなら取れなくもないけど…」
「別料金で?」
「いや、一緒にできるけど、あまり意味ないと思うなぁ。傷増やすだけになっちゃうよ。それにここ乳腺あるでしょ。あなたおっぱい大きいから、それもあると思うね、ここは」
仕事増やしたくないのかほんとうに取る肉がないのかわからなかったけれど、ここは従うことにした。
料金の話を出したのはちょっとマズかったかな、と思いつつ。
なによりドクターの機嫌をそこねてはならない。
それに、万が一乳腺に傷が付いたら、と思うと怖かったからだ。
ここの肉はブラジャーのサイズをあげてしまいこんで胸肉にしてしまおう。
きちんと補正できる下着を買って。
それにしても「おっぱい大きい」って、気にしてることを…。
まぁ、豊胸手術もたくさんやったことあるだろうし、体型の判断は優れた人なんだろうなぁ。
「今日、時間あるんだったよね? 少し休んでいける?」
「はい、終わったら帰るだけなので」
「麻酔の前に、ちょっと鈍くさせる薬使うね。ふらふらするようなら休んでっていいから。それ使った方が麻酔の痛みちょっと減るから」
ドクターはそう言うと、ナースに何かを用意させた。
マーキングが終わるとドクターは出ていき、ナースたちは準備を再開した。
それから、左腕の手首の体より(親指沿い)に点滴を刺した。
止血剤だろうか。
私は注射などの痛みについてはとくに嫌ではないので、さっきの麻酔のパッチといい、大丈夫だ。
「じゃあうつ伏せになってくださいね。顔をどちらか楽な方に向けてください」
私は右側が下になるように寝た。
左手に点滴をしているから寝にくかった。
枕の位置を調節してくれ、心電図の吸盤を胸にぺたぺたと取り付けられ、右足の指に心電図のクリップを、左足に血圧の、よくある太いマジックテープのやつが巻かれた。
(見えないので「だいたいこんなことをされてただろう」という想像だが)
「酸素のマスクしますね」
半透明の緑色したマスクをあてられる。
ああ、テレビでみるやつだ、と思った。
まさか自分がすることになるとは。
酸素が流れてくると、とても心地良かった。
「酸素バー」なんてのが流行る理由が少しわかった。
「ライトまぶしいですからね。眠くなったら寝ちゃって大丈夫ですよ。ちゃんと心電図とってますから」
目もとにアイマスクをあてられ、タオルがかぶせられた。
その勢いで、マスクが少しずれた。
どうしようか、と思ったけど、思い切って声をかけた。
「すいません、マスクずれちゃったみたいです…」
「あら、ごめんなさいね。直しますね」
左側面、足元の方にあるドアからドクターが入ってきたのがわかった。
「麻酔の前にガス流します。ちょっと痺れるような感じがするかも知れないけれど、大丈夫ですよ」
その瞬間、色に例えるなら黄色い空気が鼻から入り込んできた。
(続)
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